東京に移住してかれこれ二十年近くになるが、私は大阪生まれの大阪育ちである。高津神社からあまり遠くないところで生まれ、ヨロ川のミルを飲んで大きくなった。十五才ぐらいからヨロ川のミルのほかにタバコと酒を飲みはじめ、いまでもひどいドリンカーである。だから、甘いお菓子はふりむいたこともない。お菓子に手をだすとすれば辛いお菓子、お茶に手をだすときは紅茶ではなくて緑茶である。
よく知られていることだが、そして近頃はかなり怪しくなっていることであるが、東京のセンベイはウルチ、大阪のアラレはモチ米で作られる。どちらも上質のものでさえあればドリンカーにとってはなつかしい友人である。素朴と精緻、剛健と繊細という相違はあるが、それぞれに愉しい友人である。センベイもアラレも醤油をぬって味をつける、辛いお菓子であるが、これは世界でも珍しいものではないだろうか。
東南アジアへいくときは緑茶もあるし、中国料理もあるので、平気でいられるが、ヨーロッパ方面へ出かけるときは、ノリ、お茶、アラレなどを私は持っていかずにはいられない。舌からくるさびしさは強力で、深遠で、硫酸のように人を腐蝕させる。《心ニ通ズル道ハ胃ヲ通ル》というのがイギリス人の諺だけれど、その道の入り口は舌である。ここで攻められるとひとたまりもないのである。さびしくて、わびしくて、つらくて、いてもたってもいられなくなるのである。
だから、セーヌ川の岸で女友達と二人で日なたぼっこしながらバターをノリにはさんで食べたことや、ライン川の森かげにすわってアラレをポリポリ食べたことなどの記憶は、骨にまでしみついているのである。ノリもアラレも小さいけれど日本だけの特産品だから、それを噛みしめるようにして一粒、一粒掌からひろって食べた思い出は、いつまでも朝の花のようにいじらしくてあざやかである。 一粒に日本がある。大阪がある。生涯がある。
いつまでもありますように。
|